[小説:闇に舞う者] part38
2011-07-17


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ディーナはバランスを失い欠けての不安定な飛行を繰り返しながら、迷うことなく爆心地から立ち籠める白煙の中へ突入していった。
「ディーナか。随分と早く起きたじゃないか。あの2人が気を利かせたか?」
煙の向こうから漏れてきた予想以上に軽い調子の声を捕らえて、チェルニーの表情が緩んでいった。
「お兄ちゃんの声、元気そう。」
チェルニーの漏らした声にティティスが目を見開いて驚きの声を上げる。
「チェルニー、貴女はこの距離で2人の会話が聞き取れるの?」
「え、うん。聞こえるよ。でも、上の耳でしか聞き取れないけどね。」
「その猫耳は恐ろしく良く聞こえるのね。気を付けないと内緒話もできないわ。」
「上の耳は向けている方の音しか聞こえないから、盗み聞きはあまり出来ないよ。」
「あくまでも『あんまり』なのね。」
苦笑いを浮かべながら視線をルワン達の方へと戻してみれば、僅かにシルエットが確認できるまでに白煙が晴れてきていた。
「ほう、16発もの魔法攻撃を食らっても立っていられる人間がいるなんて驚いたよ。」
薄れゆく白煙の向こう側から、舞台役者のような大声は大仰なポーズを取っているのだろうと想像させた。
「うっとうしい奴ね。」
「うん、あの人は嫌いだ。」
ティティスの悪態にチェルニーが賛同する。
「驚いたのこっちだ。ボロに見せかけて魔法の気配を完全に消し去るローブなんぞ何処で手に入れた。」
「知り合いの商人に不意打ちに最適だと薦められて手に入れたのさ。触れ込み通りの効果だったようだし、後で追加注文を入れていこうかな。」
「物は良くても使う方が無能では無意味だ。今の不意打ちにしても、タイミングを完全に外していた。」
ルワンとヴァンが会話を繰り広げている間にも白煙は薄らいでいき、シルエットに色が付く程度まで視界が晴れてきた。

白煙の中から浮かび上がったルワンは、ティティスの予想通り九頭棍から変形させた高い襟のロングコートを身に纏っていた。
両手も手の基節までを覆う手袋で保護されており、ズボンや靴に至っても色彩が完全な黒一色に変化していた。
容姿に関する変化がこれだけなら良かったのだが、額から流れる血で顔面は赤く染まり、右腕からは今もなお流血が滴り落ちていた。
その姿から予想以上にダメージを負っていると確認されて、ティティスが唾を飲み込んだ。
「お姉ちゃんは凄く目が良いんだね。ボクは殆ど見えないけど、ポタポタって聞こえるのはたぶん血だよね?」
横から聞こえたチェルニーの声にドキッとしながら振り向くと、少女は猫耳の右をルワンへ、左をティティスへ向けられていた。
唾を飲む音とルワンの血が滴る音を合わせての推測からの発言と理解して、隠しても無駄だろうと判断して素直に教えることにした。
「額と右腕から流血しているけど、息も上げっていないし、ディーナも慌てた様子がないから大丈夫なんだと思うわ。」
ティティスが自分へ言い聞かせるように状況を伝えた。

「タイミングが悪いか。なるほど、それでそんな小さなフェアリーまで生き残ってしまっているわけだ。」
ヴァンが肩を竦めて、わざとらしい困ったポーズを取っている間に、ルワンが左腕を水平に掲げて、その上にディーナが座った。
「でも、そんな虫みたいな小者が生き残っても何の意味もないか。」
「意味ならあるさ。今から見せてやるから、そう急くな。」
ルワンはそう言うと左腕に座るディーナと見つめ合い、魔導力を同調させ始めると両者を先程より色の濃い深紅のオーラが包み込む。
明らかな変化は魔導力の色に留まらず、湯気を上げながら傷口が塞がっていき、顔や床を赤く染めていた血まで綺麗に消えていた。
「見ての通りだ。」

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