[小説:闇に舞う者] part53
2011-12-25


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魔草の根本まで辿り着いてみると完全に攻撃が止まっていて、目の前にある魔獣の顔は既に生気のない虚ろな目をしていた。
攻撃の危険がないと判断して、魔草の根本へ軽く手を触れてみると、粘性のある生肉のような感触が伝わってきた。
そのまま奥へ分け入れそうな柔らかさに眉をしかめながら、目を閉じて魔導力の感知へ意識を集中させていく。

探し求める物は魔獣の集合体の核となる存在、それは恐らくチェルニーの隠れ里から追放されて何者かであろう。
その核を破壊すれば、大黒柱を失った建物のように、魔草は現世へ根付く場所を失って魔界へ帰還もしくは消滅の道を辿る。
ルワンは既に多くの魔導力を浪費しているため、最小限の労力で魔草を撃退する事が求められ、そのために狙いを絞る必要があった。
己の気配を押し殺して感知の目を開くと、流星群の舞う空の下に居るような感覚を覚えさせる。
見渡す限りに無数の気配が飛び交っていて、どれほどの魔獣が犠牲になっているのか、想像すらできなかった。

流星の1つに狙いを定めて追い掛けていくと、取り留めなく飛び交っている様子で統率性が見えてこなかった。
統率性の無さよりも、波長を合わせて目を凝らさずとも、感情の片鱗が読み取れる状況に驚かされた。
読み取れる感情は苦痛と恐怖の2色ばかりで、戦火の中で逃げ惑う小動物のような流星群は直視するのも辛かった。
そこでも目を反らす訳にも行かず、根気よく魔草の中を探っていくと、他よりも更に暗い色に染まった場所の存在が見えてきた。
そこは恐怖も苦痛どころか一切の感情を押し潰したような暗闇で、全てを投げ捨て心を閉ざしているように感じられた。
その感情を言葉にするならば絶望、肉体を持つ者に有って、魔族のような精神のみ存在が持ち得ない心の形であった。
最後に見えた暗闇が絶望であるとすれば、魔獣の中に紛れて唯一の異物となり、その正体は1つしか考えられなかった。

見つけ出した特異点を見失いようにしながら、ゆっくりと感知から意識を外すと、目を閉じたままハルベルトを両手で構える。
矛先を暗い特異点へ据えると、切っ先に親指ほどの小さな範囲に闘気を集中させていく。
元より小さく収束させている闘気を重ねて、更に圧縮した球体は内側で生木の爆ぜるような音を響かせ、その周囲は赤い雷が駆け巡っている。
「受け取るがいい。魔界へ帰れるのかは知らんが、その苦痛からは解放してやれる。」
一言を掛けてから撃ち出された闘気の弾丸は、音も立てず魔草の幹へ進入して突き進んでいく。
その様は魔草が闘気の弾丸を受け入れているようにさえ思えた。

弾丸は狙いから一寸も外れる事もなく、先程の感知で見付け出した特異点へ触れると、その堅さに進行が妨げられた。
貫き切れないストレスに耐えかねたように圧縮された闘気の弾丸が炸裂して、魔草の巨体が内側から膨れあがる。
風船のように破裂するかと思われた瞬間、枝葉の方から砂のように崩れて、そのまま床へ落ちる事なく空間へ溶けて消えていく。
黒い巨体は何一つとして残さずに消滅して、その場所にただ一人佇むルワンの目は、怒りで燃える闘気の光が映り込み、鈍く赤い輝きを宿していた。

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